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 土橋氏は小川氏同様、綴り方運動の容疑者としてきびしい取調べを受けた一人である。東京から来旭される度に、その体験を様々な角度から語って下さり、小説の進展を親身になって励まして下さった。板橋氏は元裁判所書記として、当局側から綴り方事件を見ておられた方であるが、後に軍隊に入り、捕虜となり、長年月中国の戦犯管理所に捕えられていたと聞く。氏は現在日中友好協会員として尽力されている。  旭川教育大教授の小田切正氏は、綴り方事件や戦時下の教育研究者として、その著書等を提供してくださった上、インタビューに応じて下さった。また斉藤勢三氏からは、タコ部屋の取材に関して、当時の貯水池工事現場における実状を伺った。  小説の主人公の家を質店と設定したことで、質店主の井上章氏には、戦中の営業の実態、刑事の出入等について詳しく伺うことができた。同じく質店について、函館の吉井民子氏にはその著『質屋の蔵』を贈られ、大変助けられた。  女性の私は当然軍隊生活を知らない。三浦も軍隊には行かなかった。この軍隊生活を調べるのが大変だったが、これまた多くの協力者を得た。三浦の義兄信一からは軍隊手牒なるものが送られて来て大いに参考になった。三浦の兄健《けん》悦《えつ》の友人伝《でん》法《ぽう》正《まさ》苗《なえ》氏には、自動車隊の体験をくわしく語っていただいた。元同僚の今《こん》野《の》雄《ゆう》仁《じ》氏は、戦時中女性の私から送った慰問袋を受取る度に、上官にビンタを取られたという。何十年後、初めて聞くこの話に驚き、私はこれをアレンジして小説の中に書いた。  舞台が満州に移ってからは、更に五里霧中の感があった。が、それだけに眞杉章氏から懇切なアドバイスと多くの示唆をいただいた。時に応じて貴重な資料を送って下さり、深夜に及ぶ電話での助言提言を与えて下さった。氏は少年時代満州におられたこともあって、その助言は常に適切であった。氏のアシスタントの鈴木直子氏にも、毎回おせわになった。中でも、書店で目に入ったと言って送って下さった「満州国最期の日」は大いに役立った。私はこの一冊の中に、はからずも北海道新聞社勤務の合田一道氏による「満州国開拓団27万人の逃避行」なる一文を見出し、作中に集団自決の一場面を挿入することができた。  さて、主人公をいかにして満州から脱出させるか、これが難問中の難問であった。私は難病パーキンソン病を抱えて一年余、いささか疲れていた。そんなこともあって、一九四五年八月十五日、すなわち日本の敗戦当日、急《きゆう》遽《きよ》主人公を汽車に乗せ、僅《わず》か五日間で満州から旭川に帰らせた。が、その日八月十五日、大混乱の中で、満州と朝鮮の国境を汽車はすでに走れる状況ではなかったという眞杉氏の指摘に、私はあわてて想を変えた。小説である以上、架空の地名もあり、あえて名称を変えた場所や建造物もある。が、限られた日に、走っていなかった汽車を走らせるわけにはいかない。連載第三十三回目、私はとにかく主人公を満州に留めておき、この失敗談を北海道新聞のリレー・エッセイに書いたのだが、時間は刻々と過ぎていく。次回でどんな道を通らせ、どんな交通機関を選ばせるか、悩みは倍加した。  ところが思いもかけぬ助け手が現れた。当時満鉄の機関士をしていたという堀内勉氏が訪ねて来られたのである。氏は私が四歳の時に隣家にいた三歳上の少年だった。中学当時は羅《ら》津《しん》におり、その後満鉄に入社、昭和二十年当時は毎日のようにその国境を走っていたとのこと。この人が私のエッセイを見て、隣り町の深川市からわざわざ救いの手を差し伸べに来てくださったのである。  結局、満州からは自転車、徒歩、乗馬ということで羅津に辿《たど》り着くわけだが、羅津からの海路がまた難関であった。私が目加田氏に電話を入れた。彼はすぐ、書房尚《しよう》古《こ》堂《どう》店主金坂吉晃氏に相談すべきことを提案してくれた。金坂氏は喜んで島根県在住の友人安達光雄氏を紹介してくださった。安達氏は戦中戦後漁船に乗って朝鮮と日本本土間を往復していたという。私は安達氏に執《しつ》拗《よう》なまでに幾度も電話をかけて漁船の説明を仰いだ。  原爆投下後の広島については吹《すい》田《た》市の友人船田早苗氏と、その友人石《いし》谷《がい》秀子氏に当時の状況を語っていただいた。  このほか、函館の松原望《みつる》牧師からは、牧師であった父上の、戦時中キリスト教弾圧によって拘束された時の、貴重な回顧録を贈られた。この手記は留置場の生活、屋外散歩等実に参考になった。戦中、絵画運動のリーダーとして綴り方事件同様の受難に遭《あ》った熊田満佐吾氏、満州開拓団慰問に赴いた元同僚内沢千恵氏にも多くの事柄を教えられた。  連載中の岩田浩昌画伯の挿絵は実に好評で、私もまた毎回感謝したことであった。また本書の装幀にご尽力くださった菊地信義氏にも深い謝意を表さずにはいられない。  昭和時代が終っても、なお終らぬものに目を外らすことなく、生きつづけるものでありたいと願いつつ、ペンを置く。   一九九四年一月 三浦綾子  創作秘話(八)
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