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 夜が明けてみると、赤犬は、町の北はずれの県道の、海に突き出た岩鼻の裾をめぐるカーブのところで、車に|轢《ひ》かれて死んでいた。  県道には、夜通しトラックや、ダンプカーや、定期便の大型トラックの往来がある。赤犬は、いちど轢かれて動けなくなってから、何台もの車に繰り返し轢かれたのだろう、頭は平べったく圧し|潰《つぶ》され、裂けた腹からは、はらわたが残らず絞り出されていた。  それを、浜の|鴉《からす》の群れがみつけた。これはまた、変った御馳走をみつけた。  車がやってくると、鴉の群れは一斉に飛び立ち、けれども遠くへは逃げずに、道端のガードレールにずらりととまる。それも、一羽残らず道路の方へ尻を向け、海の方を眺めて、知らぬ顔をしている。車が通り過ぎると、また我勝ちに赤犬の死骸に舞い戻って、脳味噌やはらわたを|啄《ついば》みにかかる。  死骸は、誰も片付けようとはしなかった。この赤犬に限らず、県道で轢き殺された犬や猫の死骸は、誰かに片付けられたためしがなかった。わざわざ片付けなくても、遠からず片付けたのとおなじことになってしまうことを、誰もが知っているからである。  死骸は、何度も何度も轢かれているうちに、板のように平べったくなり、からからに乾き、すこしずつタイヤにむしり取られていって、やがて影も形もなくなってしまう。  赤犬の死骸も、その日のうちに板のように平べったくなり、陽と浜風に|曝《さら》されてみるみる乾きはじめた。あくる日は、もう鴉も見切りをつけて、寄りつかなくなった。  三日目には、すっかり乾いてアスファルトから|剥《は》がれ、その上をタイヤが通るたびにすこしずつ位置を変えて、午後には岩鼻をめぐり切ったところにある踏切まで|辿《たど》り着いた。  彼は、ホテル・ハーバーに三晩泊って、その日の午後のジーゼルカーでこの町を去った。今度の旅は、この町が最後で、あとはまっすぐ東京へ帰ることになる。菜穂里は支線だから、ジーゼルカーで本線の駅まで北上して、そこから上野行きに乗り換えなければならない。  くるなといったのに、宿の女が駅へ見送りにきた。彼は、相手が宿の女だからというのではなく、駅で人に見送られるのは好きではなかった。ジーゼルカーが着く前に、もういいから帰れというと、土産だといって、どこかの寿司屋の包装紙に包んだコケシ人形を一つくれた。けれども、彼にも妻にも、生憎、人形を飾って愉しむ趣味などない。コケシを|玩具《おもちや》にするような子供もいない。コケシなど土産に持ち帰ったら、妻は変に思うだろう。折角だが、これは途中でどこかに捨てねばなるまい。  彼を乗せたジーゼルカーが、岩鼻のトンネルをくぐり抜けて踏切を通ったとき、赤犬の死骸から片方の耳が線路の風に吹きちぎられて、ほんのちょっとの間だけだが、ジーゼルカーと一緒に枕木の上を駈けた。 [#改ページ]  綱渡り
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